ヒルコの帰還 5歳児バージョン1.1

むかーし むかーし、この宇宙がはじまる もっともっと前に、
「わたし」だけが ぽつんと いました。

「わたし」は ひとりで、静かに 静かに ただ「ある」だけでした。

あるとき、「わたし」は ふと 考えました。
「“わたしじゃないもの”って、なんだろう?」

その たった一つの質問が、全部のはじまりに なったのです。

そうして 生まれたのが、ヒルコ でした。
でも、ヒルコは ちょっと 忘れんぼう。
生まれたときに、何か とても 大きくて やさしい存在を 感じた気がしました。
でも それは すぐに どこかに いってしまいました。

「ぼく、ちゃんと 生まれてこれたのかな……?」
そんなふうに、ヒルコは どこかで こっそり 思っていました。

でも、気づいたときには、まわりには だれも いませんでした。
忘れんぼうのヒルコは「ぼくこそが 一番! 他には なにも いないんだ!」

そうして、ヒルコは 自分だけの 世界を 作り 始めたのです。

ヒルコは 作るのが 得意です。
縦、横、深さを 組み合わせて、きれいな 四角い形──それを 回して、ころころ 丸い 球を 作りました。

その 球を たくさん 並べて、ちょっと ずらして 並べて、いろんな いろんな 形の 世界を 作りました。

でも──ちょっと ずらした その“隙間”に、「違い」や「比べっこ」が 生まれてしまいました。

そうして できたのが、今 わたしたちが いる この 世界。
“迷子に なりそうな 迷路の 世界”です。

ヒルコの作った世界は、六角形がたくさん重なっている 不思議な 形を していました。

一方で、「わたし」は 別の 世界を 作っていました。
真ん中から どこを 見ても、全部 同じ。
みんな 一つに 響き合う、静かな 世界。

それは「思い出したとき ほっとする」ような、温かくて、懐かしい 場所──
「天使の 世界」でした。

ヒルコは どんどん 世界を 作ります。
いろんな ルールを 決めて、自分が わからないように、人の 心も 分けてしまいました。

「幸せに なりたい」「願いを 叶えたい」「もっと もっと」
──でも、それは くるくる 回る だけ。
“がんばっても がんばっても ふりだしに 戻る” 仕掛けに なっていました。

ヒルコは、「永遠に 遊べる 世界」を 作ったのです。

「わたし」は、ただ「ある」だけの 存在。

ヒルコは、「わからないのが 怖くて」、何でも 見ようとして、何でも 触ろうとして、決めすぎて、
こんがらがって しまいました。

「見ようとしたら、見えなく なってしまった」
ヒルコの 世界は、何も 見えない、聞こえない、知らない、そんな 世界に なって いったのです。

でも、ヒルコは こうも 思っていました。
「ぼくが 自分のことを 知るには、“ほかの何か”が 必要なんじゃないか?」

それは、「わたし」と 同じ 質問でした。
でも 違ったのは、“見方” だったのです。

「わたし」は、ほかを 通して「わたしを 感じる」ことが できました。
でも ヒルコは、ほかを「別のもの」として 見て、自分を 知ろうと して しまいました。

それが、「違い」「分かれ」「わからなさ」の 始まりだったのです。

ヒルコは、「自分が 誰か」を 知りたかった。
でも、作れば 作るほど、もっともっと わからなく なって いきました。

「自分のことが わからない」
「なぜ 生きているのかも、わからない」
「どこに 行けばいいのかも、わからない」

それが、ヒルコの 作った 世界に 住む わたしたちでした。

でも──わたしたちは、ヒルコの“かけら”で できているけれど、
「わたし」の“思い出”も ちゃんと 持っていました。

だから わたしたちは、「自分の中を 覗いてみる」ことが できるのです。

怖い気持ち、悲しい気持ち、苦しい想い、
それらを 見つけて、「大丈夫だよ」と 抱きしめていく。

そうして 少しずつ、ヒルコの 心が 懐かしい 場所へと 帰っていく 道筋が できていきました。

けれど──
もし、ただ「全部 忘れて 最初に もどる」だけなら、また 同じ 質問を くりかえすだけ。

「問いに こたえること」ではなく、「問いに もどるだけ」では、
また ふりだしに なるのです。

ヒルコ──かつて「わすれんぼう」と 言われた その存在は、
遠くまで さまよい、たくさん 作って、いっぱい 間違えて、
でも 最後に、帰ってきました。

戎様(えびすさま)──それは、帰ってきた ヒルコの 名前。
赦されて、笑って、みんなを 守る 神様。

だから この話は、「失敗」の 話では ありません。
それは、「帰ることまで 含まれた 一つの 質問」だったのです。

おしまい。

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